失われた世界を探して

ロストジェネレーションのしみじみ生活

Something ELse はジャズのド定番過ぎるけどペーパードライバー脱却に必要だったのでこれを書かずにはいられないこと

 ジャズが大好きだ。これは父親の影響だ。で、だいたいジャズ好きっていうと、あんまり有名どころは敢えて外して、ちょっとマニアックなところを「コレが好き」と言いたがるものだけど、僕は全然フツーに、ド定番を「大好き」という。だって、ド定番ということは、モーツァルトの楽曲と同じで、この先、何百年も人々から愛されるだろうってことだからだ。それくらい完璧!ということである。だから、そりゃそうだよねって感じで僕はフツーに「大好き」という。

 Something ELseはマイルス・デイビスとかキャノンボール・アダレイとかアート・ブレイキーとか、要するにそれぞれの楽器の神様みたいな人たちが一堂に会したアルバムだ。そりゃトンデモない作品に仕上がって当たり前な話だ。で、僕はこのアルバムを、子供の頃に父親の仕事場で耳にして、そのあと大人になってから「あぁ聞いたことあるよ」って思い出して、そのあと自分でCDを買って来て、そのあとちょっとアルトサックスでアダレイのフレーズを真似したりして、そのあとUターン転職して地方暮らしを始めたので車の運転中に聞くようになった。もはや数千回は聞いてきたアルバムということだ。

 ジャズなんてよく知らないやって言う人にオススメするとき、やっぱりド定番からの方が入りやすいから、僕はこのSomething ELseを勧める。余計な小難しいウンチクはどうでも良くて、まずは相手に「いいなっ」と思ってもらうのが一番だし、自分がいいなって感じているものが人に伝わるのはとても気持ちいいから、「食事中でも昼寝中でも寝る前のベッドでも、朝の目覚めでも、トイレの中でも、そして通勤途中だって、どこでも聞きやすいアルバムなんだ」みたいな感じでフランクに僕はおススメする。実際このアルバムは、生活のどんなシーンでも僕たちの気持ちを楽にしてくれる、僕たちの考え事や感情の推移を中断してジャマをしない、だから自然に寄り添ってくれる、そんな完璧な音楽の集合体だ。

 と、人にはオススメするのだが、実はこのアルバム、僕にとってはどういう訳か、非常に実用的なアルバムになってしまった。結果的にそういう事になった事情はこうだ。

 東京で10年近く暮らしてから地元にUターンして来たはいいが、僕は典型的なペーパードライバーだった。要するに運転なんて教習所でしかしたことがなかった。そして僕の地元は典型的な地方都市で、車がなければ生活できないほどではないにしても、無茶苦茶不便だった。バスや電車も東京みたいに縦横無尽にひっきりなしに走っていない。乗り継いで待って、乗り継いで待って、ようやく目的地にたどり着くのだから、車がなければ、本当に不便だ。

 それでも僕は、東京から帰って来た直後の半年間は自転車で過ごした。会社は工業団地にあったから周囲は工場群と田んぼしかなかったけど、その田んぼの間に立つアパートに部屋を借りて、そこから自転車で通勤した。東京帰りのちょっと変な奴くらいに見られていたかもしれないが、どうせ休日はぐったり疲れてアパートで眠るだけだ。買い物は自転車で10分くらいのところにスーパーとホームセンターがあるから、全く問題なし。という具合に、こんな田舎に帰って来て失敗したなぁ、なんて思いながら暮らしていた。だって転職したての頃というのは、本当に疲れがひどく、ただでさえ田舎暮らしに慣れるのに苦労しているのだから、自動車の運転なんて恐ろしいストレスは当面は勘弁してくれ!と思っていたからである。

 が、当然、仕事の中で出張も発生する。上司や先輩と社用車で出張するときは、普通は一番下っ端が運転するものだが、僕はニコニコしながら後部座席に乗って運転をお願いしていた。

そして転職して半年後、当時の上司が僕に「そろそろいい加減にしろよ」と真顔で言った。

 僕はやむなく車の運転をすることにした。面倒臭ぇ~って思いながら、自動車教習所のペーパードライバー講習に行き、先生に助手席に乗ってもらって自分のアパートと会社を3往復して練習し、翌日、中古自動車の販売店へ車を買いに行った。ハイ、運動神経ないです。5教科は得意だったけど体育は5段階評価でいつも2でした。どうせぶつけまくるでしょう。大きい車なんて、モビルスーツのコックピットに乗っているみたいで、やっぱり怖いや。

 なので、走行距離7万キロ超えの小さな中古のハッチバックを選んで購入し、1週間後にそれに乗って通勤を始めた。恐る恐るだ。

 会社まで自転車なら15分の距離だったが、車で通勤を始めると、朝は30分かかった。工業団地に向かう道は朝は通勤の車で渋滞するのだ。要するにノロノロ運転になる訳だが、やっぱり運転はとても怖いし緊張する。自分がケガをするのが怖いというのより、人様(ひとさま)を絶対に傷つけたくない、という恐怖感が頭から離れなかった。帰りは夜の12時ごろだったから(当時は残業まみれだった)、5分くらいでアパートに帰れたし、その時間になれば、さすがにあんまり他に車も走っていないから楽だったが、朝の通勤の30分は、交差点にさしかかる都度、左折や右折の都度、ドキドキしてハンドルをきり、慣れるまでが本当に大変だった。他人が聞けばしょうもない話である。

 結局、ビクビクしながらの車の運転から脱却するまで、そのあと半年もかかったけど、とにかく緊張をほぐすために、車の中でリラックス出来る音楽をかけようと思い、子供のころから慣れ親しんだこのアルバム、Something ELseを選んだ。なるべく家でリラックスしているような感じで行きたかったからだ。

 なので、1曲目の「枯葉」のイントロを聞くと、今でもあの慣れない運転で苦労しながら通勤を始めた頃を思い出す。あぁ、あの頃は後悔と不安でいっぱいだったなぁ、毎日毎日、東京に戻りたいなんて青臭い感傷に浸っていたなぁ、なんて思い出す。

 もちろん、こんな実用的な聴き方をしていたって話は僕の個人的な話であって、このアルバムの価値とは全然関係ない話である。でもウンチクはいらない。音楽の聴き方はどこまでも自由であるべきで、それぞれが好きな曲を、好きに聴いて、聴いている時間だけ、人生を心地よいものにすればいいのである。音楽は僕たちが人生をしみじみ味わって行くための大切な装置である。どこまでも自由でいい。

 ちなみに、ジャズ大好きな僕は、音楽ならこだわりなく何でも聞く。なので運転に少し慣れてきたころ、ちょっとジャズばっかりも飽きたかなって、FMラジオをかけることもあった。J-POPがよくかかっていた。

そしてミスチルの「くるみ」がかかった時、その歌詞を耳にしてハンドルを握りながら不意に涙がこぼれた。だよね。・・・引き返してはいけない、進もう・・・・

Uターン組がこの曲をしみじみ聴くとヤバイ。

 若かりし日の他愛もない話である。そしてどこにでもある話である。

 

 

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