失われた世界を探して

ロストジェネレーションのしみじみ生活

香港で家人をエスコートしながら、その場所に辿り着くのが大変な場合もあるけど、やっぱり地元の人々が通うお店の料理が一番美味しいんだなぁと、改めて思ったこと

2023/10/06

 国慶節という中国の長期連休を利用して香港へ行った。目的は5か月ぶりに家人に逢いに行くことだ。本当はもっと早く逢いたかったが、且つてのようにビザ無しで簡単に中国へは入って来れなくなったので、ビザがなくてもやって来れる香港で逢うことにした。

逢いに行く、なんてロマンチックだが、こっちは5月の渡航時に持って来るのを忘れたものや、追加で欲しくなった日本製のものを運んで来てもらう事も重要な目的であり、一方、向こうは向こうで、事前に「るるぶ香港」を研究し尽くしてグルメと観光にやる気満々である。

 この5か月間、本当に仕事まみれで、出張でさえほぼ行かず、ひたすら内陸の田舎の料理を食べて来たから、久しぶりにホテルで本格的な洋食を食べるぞ!と、結構、直前になってウキウキし始めた。そう、美味しいクロワッサンでいいのだ、そんなのでいいから食べたい。人間なんて単純なものである。そして生理的欲求って本当に大切。

 高速鉄道を乗り継ぎ、家人が到着する前日の昼過ぎにようやく香港に入った。天気予報通り33度の真夏日だ。ぜんぜん10月なんかじゃなく、日差しが厳しい。

 実は香港なんて大都会に行く用事がこれまであんまりなく、出張でも一瞬、オフィス街の事務所に直行して打合せしてすぐに帰る感じだったので、地理が頭に入っておらず、交通機関の利用方法を含めて土地勘が全くない。

これじゃぁ、家人から事前に受けたリクエスト(あそこへ行ってあれを食べたいとか、あそこへ行ってあれを買いたいとか)に対して、しっかりエスコート出来んぞ、と思ったから、前日には現地に入って一人でウロウロすることにしたのだ。こんな炎天下では、なおさら道に迷ってあっちこっち歩かせ、疲れさせるのは申し訳ないとも思った。

 が、家人のリクエストというのが、何のブログを見て行きたいと思ったのか知らないが、マニアックなものも含まれていて、場所が分かりにくい店も多かった。

香港に何度も来たことのある「ツウ」の方々から見れば、そんなの有名な店であってマニアックでもなんでもない、なんて叱られそうだが、僕はタクシーや地下鉄に乗って狭い香港のあちこちをウロウロし、「こんな場所、絶対に迷わずに来れないや」なんて汗だくになりながら、雑居ビルを探し当て、階段を下りたり昇ったりし、混然と並ぶビル内のたくさんの小さな店の中から、お目当ての場所を探し出した。

ややこしそうな場所はおよその行き方を把握し、夜遅くになって、その日に一人で宿泊する佐敦のホテルに戻って来た。暑かった。クタクタだ。窓の外を見ると香港の夜景が見える。

やっぱ大都会だ。僕が住んでいる場所がいかに僻地(へきち)か、と同時に、あそこがいかに本場の中国かを改めて思い知った。さっき買い物をしたセブンイレブンにも日本語表記の商品がたくさん並んでいて、店員は英語も通じるし、東京と変わらない感じだ。海外にいる気が全然しないのは、それだけ日本人にとって居心地がいいからだろう。でも勿論、ちょっと路地を入った裏通りには、いかにも香港って風景があって、店もあって、適度に海外にいる感じがあるから、こんなに人気の観光スポットなのかもしれない。

 さて、翌日、ちょっとホテルで寝坊して(よく考えたら朝にゆっくりするなんて数週間ぶりだった)シャワーを浴び、前日にチェックできなかった場所に行って店の場所をいくつか確認し、そのあと家人を迎えに空港へ向かった。

香港空港は出張で何度か使ったことがあるけど、いつも素通りするだけで、こんな時間をかけて見る事がなかった。家人が出て来るのを到着ロビーで待っている間、お腹がすいたから、ロビー内のレストランでハンバーガーとビールを注文してもぐもぐ食べる。本格的なハンバーガーを食べるのが久しぶりで、すごく美味しい。

 家人はニコニコ笑顔でゲートから出て来た。スーツケースを持ってあげ、そのまま二人でタクシー乗り場へ向かう。飛行機に乗る前の話、たまたま飛行機で一緒になった女性は家族が日本でばらばらで生活しているので、香港で現地集合にしたらしいという話、早く火鍋料理が食べたいという話、相変わらずそんな他愛もない話をずっとしゃべり続けている。僕はタクシーの中で相槌を打ちながら、話の中身は聞いていないが、その声を聴いている。

 フライトが夕方の到着だったから、その晩は事前に見つけてあった近くの火鍋屋で暖かいものを食べ、明日からに備えて早めに眠りにつくことにした。僕はなんだか、火鍋を食べているうちに、こうやって久しぶりに一緒に家人とご飯を食べていることが嬉しくて、はしゃいでしまって、そのあとホテルに戻ってからもなかなか寝つけなかった。およそもうすぐ50代になる大人とは思えないはしゃぎぶりである。

 翌朝、僕たちは家人のリクエストの一つである「お粥」を食べに行った。旺角にある雑居ビルの3階にその店はあった。前々日にここを探し当てるのに、さんざんビル内を歩き回った場所だ。

お粥の種類は色々あるけど、僕はボラの切り身と肉団子が入ったのを注文した。出てきたのはほぼ米の形がなくなったトロトロのお粥である。

そのままでも十分なんだけど、これに更にテーブルに置いてある出汁醤油をかけるとムチャクチャ美味しい!

家人に「定番らしいからお粥に浸して食べたい」と言われて、慌てて油条(揚げパンみたいなやつ)を追加注文する。なるほど、これを付けて食べるんだね。

浸して食べると、この揚げパンにお粥の旨味が乗り移って、これまた絶品!

現地の方々が通う店、と言うだけあって、周りのテーブルでは全員が広東語を喋っていた。広東省とか香港に来たら、お粥は食べるべきかもしれない。今まで食べて来た中で、一番美味しいお粥を朝ご飯で食べることが出来た。大満足だ。さすが家人、グルメ大魔王。リクエストの一つはこれで達成だ。

 そのあと、花園街、金魚街、女人街といったオーソドックスな観光地を巡ったが、家人はあんまり興味なさそうで、金魚街では「生き物が閉じ込められているのはあんまり見たくない」と言い出したので、了解、じゃあ君のリクエストに戻ってお目当てのクッキー屋さんへ行こう、ということで移動を開始した。

なんという人だかり。。事前に場所を確認しに行った時は既に閉店後だったので分からなかったけど、こんな雑居ビルの2階の小さな店に、たくさんの人が並んでクッキーを買おうとしている。ジェニーベーカリーという名前だったけど、確かに有名らしいね。

「かわいい」という感覚は、大変申し訳ございませんが、基本的には良く分からない。よく見ると缶のデザインは、よりによってオッサンの熊のイラストだし、どうせ中身は日本へ帰ってから食べられるので僕はありつけないし、さんざん苦労して買ってあげた土産のクッキーが、こんなんなんだ、なんて心中で思いながら購入し、大喜びの家人に渡してあげる。この店に辿り着くまでに近辺のあっちこっちで売っている偽物のクッキー(間違えて買って行く観光客も多いとか)の缶の方が、可愛らしい熊のデザインだったと思うが、そういうことは敢えて口にしない方がよろしい。

 暑さがピークに達し、僕たちは昼過ぎにホテルに戻って休憩した。休憩のつもりがそのまま昼寝になって、つい夕方まで寝てしまった。観光に来て何をしてるの?と誰かに怒られそうだが、僕は実はこの時間が一番嬉しかった。休日の午後、二人で昼寝をする。目が覚めたらそこに寝顔があって、僕はもう一度、うとうとする。当たり前だったのに、今は当たり前でなくなってしまったそんな貴重な幸せの時間だ。

 夕方は外に出てビクトリアハーバーへ夜景でも見に行こうと思ったが、「今日は国慶節のお祝いの花火もあって、あそこは人だらけで近づけないぞ」とタクシーの運ちゃんに言われ、あきらめる。二人で宿泊していたのが油麻地のホテルだったから、そこから反対側の旺角へ向かって手をつないでゆっくり散歩した。ネイザンロードは都会の大通りで、要するに東京の街を歩いているのと何も違いはない。旺角にはユニクロなんかの入った商業ビルもあり、僕たちはそこで日本でも少し前に流行った?というメレンゲの卵ご飯を食べた。

なんだよぉ、香港まで来て、とこれまた怒られそうだが、こんな日本で普通にデートしていた時のようなカンジが、僕たちにとっては嬉しかったのだ。家人はずっと上機嫌で僕にしゃべり続けていた。うん、確かに、この人は夜景とかあんま響かない人だったぞ。明日こそはこの人の残りのリクエストをしっかりクリア出来るよう、ちゃんとエスコートしよう、って思いながら、食後のスタバのコーヒーを飲み、手をつないでその夜はホテルに戻った。本当に、日本でデートしているみたいで、とても幸せだった。

 そして3日目の朝。地元の人たちが通う店で飲茶がしたい、という希望を受けて、「ロンドンレストラン」というお店に向かう。

僕は知らなかったけど、香港の昔ながらの飲茶のレストランのスタイルは、この店のように蒸籠(せいろ)を積んだワゴンがテーブルに回って来て、そこから選んで食べるというものだったらしい。

もちろんコックさんが料理をしているミニキッチンみたいなところがホールの隅にあって、そこへ行って食材を選び「コレ食べたい」と言えば、その場で焼いてもらえる。要するに選べるのだ。僕たちはワゴンの蒸籠の点心も食べ、ミニキッチンで腸粉(米粉のクレープ)とピーマンの肉詰めを焼いてもらって食べた。これまた絶品!やっぱり地元の人たちが通う店は味に間違いがない。

 さて、お腹がいっぱいになったところで、「ヌガーなるものを食べてみたい」という家人のリクエストに応じ、MTRに乗ってメイフーへ向かう。ヌガーってネットで調べると「砂糖と水飴で出来たお菓子」となっていたから、どうせ甘ったるい生キャラメルみたいなものかな、なんて思っていた。それは駅前の「多多餅店」というパン屋で売っていて、土産用に一つと、その場で食べる用に一つを買って、さっそく1個を口に入れてみる。

甘さが控えめで美味しい!食感も独特!

ヌガーは一つ一つが銀紙に包まれていて、そう、家人と会話して盛り上がったのだが、大昔に僕たちが幼稚園で食べさせてもらった肝油ドロップみたいだった(昭和の話?)。本当に懐かしい味だって、夫婦で大盛り上がりだ。

そして甘いものを食べたので、同じメイフーの駅前にある漢方茶屋で苦~いお茶を頂く。

どこにでもあると言えばあるのかもしれないけど、この店が3日前の下見の時に気になって、一度来てみたかったのだ。出された真っ黒なお茶は、いかにも漢方薬が入っているって感じの香りがして体に良さそうだった。家人もニコニコ飲んでいる。

香港ではフィリピン人に代わってインドネシア人の出稼ぎ労働者の数が最大となっており、大勢が街に繰り出していて、みんな仲良く休日を楽しんでいた。女性はみんなスカーフ(ヒジャブ)を着けているから分かり易い。普段はお金持ちの香港人の家のメイドとかをやっているのだろう。漢方茶屋で向かいに座ったインドネシア人の女性2人組は、こちらから話しかけると案の定「インドネシアから来たばかり」と回答が返って来て、目の前に置かれた「亀ゼリー」というこれまた真っ黒な美容ゼリーを食べ始めた。

 3日目の夕方はちょっと贅沢した。奮発して有名ホテルの中にあるレストランでディナーを楽しみ、宿泊もしていないのにその超豪華ホテルの中を二人で「すごいねぇ」なんて言いながらウロウロして、そのままビクトリアハーバーへ歩いて行った。やっぱ夜景は見ておかないとね。

夜景もそうだけど、中国の伝統的な帆船を模した観光クルーズが美しかった。色彩の感覚(見栄えを良くする感覚)はさすがだなぁって思いながら写真を撮る。後ろで中国人観光客が「ありゃニセ物の船だ」なんて言っている。それはそうだろう。本物だったら老朽化著しく、怖くて乗れない。

 そのあと、今回の旅行で唯一の僕自身のリクエスト「香港の夜景を見ながらお酒を飲みたい」を叶えるため、イースト香港の32階にあるSugarというバーにタクシーで向かった。

事前にネット調べていて、「夜景を見ながらお酒」と検索して出て来た場所である。お酒が全く飲めない家人には申し訳ないけど、「まぁ、えらい僻地で頑張っている自分へのご褒美ということで、いいかい?」と聞いたら快諾してくれた。

テーブルから見える香港の夜景(ちょっと中心から外れているけど)は噂通りやはり絶景で、僕はジンベースのお酒を頼んで深々とソファーに腰かけ、この美しい景色と久しぶりに飲むジンの香りと味を楽しんだ。ウン、よく頑張っている、こんな年齢のオッサンはもはや世界中で自分以外は絶対に誰も褒めてくれる人はいないから、こういう時にたっぷり自分を褒めてあげよう。それが大切だ。

 翌日は、イギリスの紅茶とかその他、家人が買いたいと言っていた土産を片っ端から買って、そうこうしているうちに、るるぶを見ていて突発で「食べたい」というリクエストが発生したため、タクシーに乗ってワンポワへ向かい、本格的な四川料理の店で担々麺を食べた。

要するに最後まで香港観光とグルメをたっぷり楽しんでもらったということだ。

 あっという間に夕方になり、次の日には朝のフライトで家人が日本へ帰るから、空港の中にあるホテルへ僕たちは移動をした。いわば前泊だ。ホテルに併設されたちょっとオシャレな広東料理店に入って最後の夕食を味わう。お皿に盛りつけられて出て来たのは、よく見るとナマコ料理とか干しアワビだった。

ナスみたいだけど黒いのがナマコ

真っ白い皿の上の盛り付けは中華風におしゃれ

「あのね、私、ナマコも干しアワビも臭みがあって食べられない」

ありゃりゃ、そうかぁ~と思いながら、まぁ仕方ないなってそれらの高級食材は僕が食べた。うん、まぁ確かに、こんな旅行客向けのお店で食べる料理より、やっぱりあの地元の人たちが通うお粥とかのお店の料理の方が美味しいね。とはいえ、広東料理って日本人が食べやすい味付けだから(僕の住んでいる地域の、鷹の爪で真っ赤に染まったあの料理の数々とは違って)、いくらでも食べてしまえる。僕たちはじっくり時間をかけて、談笑し、次々と出されて来る料理を味わった。

 翌朝、チェックインカウンターで手続きを済ませ、空港内で僕たちはサンドイッチを食べた。実はこれも家人のリクエストの一つ「プレタ・マンジェというイギリスのカフェのサンドイッチが食べたい」だった。

空港の中にあるお店だけど小ぢんまりしていてカッコいい構えだ

包装デザインもカッコよく、味はもちろん噂通り最高

はい、全部クリアです。

最後にサンドイッチを食べながら、二人で記念写真を撮影したら、家人はニコリともしていなかった。一方、僕の表情と言えば、片っ端から彼女のリクエストを叶え、ほぼ計画通りクリアしたぞって言う達成感で満足げな笑顔だった。凄く対照的な表情の二人の写真だ。

あれっ、気まずいぞ・・・・

 前日の夜からグズる家人をなだめていた。正月には一時帰国は出来るんだよね?そのあと今度こそ貴方が住んでいる所へ遊びに行っていい?ビザを取るのってそんなに難しい?明日は一緒に飛行機に乗って帰りたい。

まるで子供だった。

ごめんね、一緒には飛行機には乗れない。正月には必ず帰るよ。一緒に過ごそう。今日、それぞれが家に帰ったら、一緒にネットでおせちを選んで予約注文しよう。正月は必ず日本へ帰って、一緒に初詣して、それからお雑煮も僕が作ってあげるよ。

 保安検査場の入口の前でお互いに手を振った。もうちょっとあの子の顔を見ていたかったな、あぁやっぱこの瞬間は慣れないんだよなぁ・・・ってまた思いながら、空港内を一人で歩き始める。昨日までずっと笑ってくれていたあの笑顔を思い出している。

 夢のように楽しい数日だった。また僕はここから数百キロ離れた僻地(へきち)へ、日本人のほとんどいないあの「外国」へ戻って行く。必ず無事でいてね、とお互いに言い合った昨晩のコトバを握りしめて、僕は歩き続けた。

さて、また仕事だ。休みは終わった。

なんとなく歯の奥をギュッと噛み締め、僕は空港内を歩いていた。

あっという間の、休日の幸せな時間だった。

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