失われた世界を探して

ロストジェネレーションのしみじみ生活

映画を見るということ

 ごたぶんに漏れず映画好きで、子供のころから映画館に通いつめた。高校時代には授業をサボって映画館で半日過ごし、「バックドラフト」を連続で2回見て、こんな味気ない受験生活なんかやめて消防士になろうかと本気で思った。大学に入ってからは毎晩のようにレンタルビデオ屋へ足を運んで、借りてきた映画を寄宿舎の自分の部屋のテレビデオで夜通し見ていた。当時「ぴあ」のリストでチェックしたら、その時点で1,500本以上を見ていた。これは、若い頃たくさん見たよという自慢をしたいのではなく、逆に今思えば失敗したなぁ、と後悔しているという話。

 大学生だった僕は映画も芝居も大好きで、都内のミニシアターに行ってオールナイトで大昔の白黒映画を見たり、高田馬場あたりの芝居小屋へ行って学生演劇をよく見に行った。ストーリー構成をノートに書き出して分析したり、ジャンルごとにお気に入りの監督を見つけ自叙伝を読みふけったり、いかにも東京にいそうな大学生が、いかにもやりそうな事に熱中していた。

 二十歳前後というのは人格形成が出来上がった直後なので考え方や感じ方のベースは完成しており、そのくせ経験値が圧倒的に低いから、世界は狭く、脳ミソでは知識として知っていても、本当の幸福感とか本当の惨めさとか、本当の美しさとか本当の醜さとか、本当の気持ちよさとか本当の苦しみを、まだ実際に味わった訳ではなく、更には繰り返し味わって飽きた訳でもなく、映画でキャラクターたちが展開する巧みなストーリーの中で、それらを半分想像しながら感じ、想像し、だから世界や人生には深い意味があるとまだ感じることが出来た。要するにストーリーの面白さや、そこから導き出される意外性や強烈な感情やメッセージに、心の底から感動が出来たし、エンドロールを眺めながら胸が詰まって言葉を失うようなそんな時間も味わうことが出来た。パトリス・ルコント、クリシュトフ・キシェロフスキ、ペドロ・アルモドバル・・・90年代に輝いていた天才たちのみずみずしい表現に熱中し、口角泡を飛ばしながら、タランティーノの暴力性といやらしさと脚本の偏執性を、コーエン兄弟のペーソスとユーモアを同じく映画好きの連中相手に論じていた。

 がその後、ながながと生き続け、氷のように拒絶し続ける世の中へ、僕たちは自分の意志で自分たちを埋没させ、耐え抜き、お金を稼ぎ、家賃を支払い、ご飯を食べ、時々は気持ちのいいこともし、そんな仕事や生活や恋愛の中で、本当の幸福感とか本当の惨めさとか、本当の美しさとか本当の醜さとか、本当の気持ちよさとか本当の苦しみを実際に味わい、しかも繰り返し味わい、いい加減飽きはじめる30歳前後になると、もう何だかどんな映画を見たって、なんとなく先が想像出来てしまって、結果やっぱりそんな内容で、そのうち最後まで映画を見終えるという忍耐力がなくなってしまった。30代の10年間は大げさでなく1本も映画を見ることがなかった。だって見始めるとすぐに、ひどく退屈を感じたから。

 40歳を越えて、たまたまテレビで「きみに読む物語」を見た。家で仕事しながらついでで何となく見ていたのに、いつのまに手を休め、テレビの前に座って見ていた。そして号泣。どうして?こんなコテコテの恋愛映画が?なんでこんなに胸を打つの?何が新鮮?何が?20代の自分だったらきっとバカにしていただろう、こんなのハリウッドが作った商業主義ど真ん中の作品では?って・・・・

 その後、AmazonプライムNetflixで休日に見始めた映画も、胸を打ったのは「グラン・トリノ」「ベンジャミン・バトン」「ハッピーエンドの選び方」だった。分かるでしょ?要するに僕たちは初老に入ったということ。そして大学生のころ、頭だけで分かっていた大人の人生に対し、恐れと期待を抱きながら想像を膨らませ映画を見ていたように、中年になった僕たちは、まだまだ頭だけで分かっている老いとか死に対して、恐れと期待を抱きながら想像を膨らませて映画を見始めたということ。数十年後、本当の老いや死が近づいてきたころには、そんな類の映画はきっと退屈に感じて見もしないかもしれない。ただ今回は熱中して人生を先取りし、片っ端から見てやろうなんて考えないようにしようと思っている。だって久しぶりに見始めて、やっぱり映画はいいなぁと思う。映画に付随するコーヒーの香りとか休日の昼下がりの眠気とか、夜更のリビングの不思議な高揚とか、映画館の暗がりに映るドリンクとポップコーンを載せた青いトレーの面白い形とか、ぜんぶ人生に必要。なんにも見なかった30代はちょっともったいなかったと後悔をしている。

 人生をじっくり味わいたければ、生き急がず、だから熱中せず、少しずつ、たまたま何となく出会った作品を見て行った方が、僕たちは人生をもったいなく過ごさずに済むような気がする。だからもう失敗しないように、ぽつりぽつりと、僕は映画を見ている。

 

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