失われた世界を探して

ロストジェネレーションのしみじみ生活

「石のきもち」という素敵な絵本を読んで、子供時代に熱中した石器づくりを思い返し、やっぱり風呂上りに冷えたビールが飲めるのは幸せだと思ったこと

2025/09/26

 「石のきもち」(井上康成 出版社:ひさかたチャイルド)という本を読む機会があり、柔らかくてユーモラスなイラストがたくさん載っている絵本だが、なんだかとても気に入ってしまって、その場で全部読み切ってしまった。

 で、家人にお願いし、日本で買って持って来てもらった。

 今はこっち(駐在先)のマンションのリビングのソファーの上に、無造作にポンと置いてある。仕事から帰って来てゴロンと横になって休んでいる時や、休日の午前中にやっぱりそのソファーに寝転がってくつろいでいる時などに、何度も手に取り、何度も読み返している。

 別に、大人にも響く内容だとか、大人が人生を考えさせられる話だとか、そういう風に思って気に入った訳ではく、なにしろ一つひとつの絵があまりに素敵で、ページをめくりながらずっと眺めていてもその絵に飽きないのである。もちろん内容もいい。

 「石のきもち」だからストーリーは石の立場で見て来た事、感じた事が展開されている。石は森の中にあって、しかも太古の昔からあるので、大昔には恐竜にかじられたこともあり(表紙はそのユーモラスな絵になっている)、イタチやオオカミが寄って来ては上に乗って彼らなりの色々な人生ドラマを演じたりする。もちろんウンコをされたりもする。でも石だから、何も言わず、動かず、ただそこにあり続ける。優しく穏やかに、そこにあり続ける。

 生きていないものに対して、何かまるで自分たちと同じ生き物のように接するというのは、よくある話だ。大人も子供も普通にそれをよくやる。子供にとってのぬいぐるみがそうだし、楽器と添い寝する演奏家もいる(有名なサックス奏者がそんなことを言っていた)。

 ぬいぐるみも楽器も、本人たちにとっては友達であり、家族なのである。いわば、生物と無生物の垣根(かきね)を僕たち人間の想像力は普通に越えて行けるということだ。

 幼稚園にまだ通っていたころ、3つ年上の兄と2人で「石器づくり」に熱中していたことがあった。石器ったって拾って来た石を金槌で割って、アパートの踊り場の床のコンクリートで擦って表面を削る程度のものだったけど、なぜか二人ともこれに熱中し、1年くらいやっていた。ある日、家の中(台所の食器棚の中や、テレビの上や、靴箱の下)に息子たちが持ち込んだ石コロが溢れかえっていることに対して、遂に母親の堪忍袋の緒が切れ、「掃除がしにくいので捨ててきなさい。もしくは今後はあなたたちが毎日、家の掃除をしなさい」という指令が出るまで、僕たちのこの石器づくりは続いた。(もちろん僕たちはすぐに捨てに行った。掃除はイヤだった)

 今でも覚えているのだけど、形のキレイな石器にするには、もとの石の種類を見極めるのが大事であり、その石の模様がどんなに美しくても、金槌で叩いた時にスパッと断面が割れるようなやつじゃないと、石器になりにくい。実際、本物の縄文時代の石器も、矢じりなどは鋭く割れる黒曜石が使われていた。なので、河原で拾ってくる石たちは、必然的に同じような石に偏るのだけど、時々は、きっと金槌で叩いたってうまく割れない、あるいは硬すぎてびくともしないような、でも模様の美しい石を見つけると、僕は石器づくり用とは別に、それを半ズボンのポケットに入れて家に持ち帰った。

 そういう石は割るのではなく、眺めるのである。幼稚園児の僕は、廊下に寝そべって、一人で遊んでいることも多かった。そして絵をかいたり、本を読んだりするのに飽きると、そうやって河原で拾って来た「宇宙みたいな石」を宝物箱(空き缶)から取り出し、手に取って長い時間、眺めていた。

 「宇宙みたいな石」と名付けたのは、きっと火成岩の一種だったからだろう。無数の星を散りばめたかのような模様をしていて、帯状(おびじょう)になっているところもあり、角度を変えると、石英(せきえい)の恐ろしく小さい粒があっちこっちでピカピカ光って見える。まるで図鑑で見た宇宙のイラストみたいだったから、僕は「宇宙みたいな石」と名付けていたのだ。

 その石はなんだかんだ言って、中学生になるくらいまで、僕の勉強机の引き出しにしまってあった。捨てなかった理由はよく覚えていないけど、もはやただの石ではなく、ずっと僕と一緒にいて、僕を眺めている、変わらずそこにある存在になっていたから、大掃除の時も、身長が伸びて新しい勉強机を買って貰った時も、家を引っ越しする時も、捨てるということが思いつかなかったのかもしれない。

 既に石(無生物)という一個の無機質な存在ではなくなっていた。当時の僕にとっては。

「こちらのフロアには寝たきりの方たちがいます。お婆様はあちらにいますよ。たぶんテレビを見ています」

「・・・・」

 20年ほど前、祖母を施設に初めて見舞いに行った時、そこは施設だから、明らかに死期が近い老人たちもたくさんいた。

 じっと動かない、怒らない、悲しまない、楽しまない、喜ばない、要するに感じない、何もなかったかのように、でも存在し続ける、そして死という変化を受け入れて行こうとする、パジャマを着た老人たちを見た。実際には身体機能が低下していて表現できないだけかもしれないけど(本当は人生の最後にひどく怒っているのかもしれないけど)、そんな風に見える、何も感情を表さず、天井を見たまま動かない老人たちがベッドに並んでいた。

 これは一つの結論だ、とまだ若かった僕は思った。

 人生をかけて、喜び、悲しみ、怒り、楽しみながら、それでも生きることに価値があると(愛に意味があると)、いわば永久不変の価値を打ち立てたつもりになっても、どのみち、喜びは消え、悲しみも消え、怒りも消え、楽しむこともなく、死へと変化して行く。それが生(せい)の一つの結論だと思った。息を切らして登って来た山の頂上で「特に意味なし」という看板を見つけたのである。永遠にあこがれながら、結局、変わって行く(不変はない)という方丈記の世界を自然に受け入れた生き方でもある。

 だから、人間の特権として死へ跳躍するという考え方は、別のもう一つの結論である。

 人生をかけて打ち立てた生きる意味を、愛の価値を、永久不変のまま、それを喪失することなく、死へ変化させて行く真逆の道だ。無常に対する拒絶の道だ。それまでの全てを台無しにしてしまうような惨めなエンディングを回避し、自らの意志で一瞬に死へ転換するやり方だ。「特に意味なし」という看板を見なかったことにし、そこから更に上へと見えない階段を登って行くことや、山の頂上にあるお花畑で、自分の大切な人と永遠に暮らすことを夢想してみたりして、一瞬で死へ飛び込んで行くやり方である。

 が、結局は死は変化なのである。

 仮に良識的に、各人の想いや愛が後世に残るなんて考えても、地球や宇宙という長い時間軸の上では、いつか人間という種ごと消えてなくなる可能性の高い、無への変化である。そして肉体という有機物は、どのみち死によって最終的に無機物へ変化するけど、もっと長い目で見れば、50億年後くらいに太陽系の星々が全部なくなって生命がついえた時、あらゆる有機物が死滅したとしても、いつかまたどこかで無機物から有機物が生まれ、太古の地球で起こったように生命が誕生するかもしれない。

 受け入れようと、拒絶しようと、永遠などなく、全てはそうやって変化して行くのである。

 だから、実は石だって、ずっとそのままの形で存在してきたわけではない。僕が大切にしていた「宇宙みたいな石」だって、もともとは火山が噴火し、マグマが飛び出して冷えて出来たものである。もともとはあの真っ赤でドロドロのマグマだったのだ。

 そしてもっと遡ると宇宙の始まりにまで辿り着く。

 マグマは火星にもあるし、星々が生まれた時点で誕生し、星々が生まれる前に宇宙が生まれている。だから果てしなく辿って行くと、結局は、みんなが知りたくて知りたくて仕方ないけど、なかなか正確にはまだ分からない、宇宙の始まりに到着するのである。宇宙の始まりから(それがどんな風にドカンと行ったか分からないけど)始まる、一連の変化の中で、地球が生まれ、マグマも生まれ、石が生まれ、生命が生まれ、またいつかドカンとなって、みたいに、常に変化して行くことが生命であろうが非生命であろうが万物の真理なのである。それは途方もない時間の流れの話だ。

 なのに、これが個物の有する時間軸が短すぎると矛盾が生じるのだ。

 僕たち人間のあまりに短い時間軸では宇宙規模で起こる悠久の変化が自覚しにくい、というかむしろ何にも変わらない、変わらないはずだ、と思いたがる。なので絶対不変の神様とか永遠の価値を打ち立て信奉し、頼り、信と不信の間を揺れながら生きて、死んで行く。

 それは種として短い歴史しか持っていない(たった数百万年)、そして個体としても一瞬の命でしかない(たった数十年)、なまものの人間として当たり前の事である。仕方のない事である。

 でも、長い時間をかけてものごとは確実に変わって行くのだ。

 宇宙がドカンと爆発して変貌して行く過程にあって、絶対不変とか永遠はとうていあり得ず、そもそも僕たち生命そのものが宇宙に内包されそういう風にできているので、その短い時間軸の中にも「変わりたい」という欲望が組み込まれている。ここに引き裂かれた矛盾が生じる。肉体が滅んで行くのを目の当たりにして、変わっていくという真実に従いつつ、「変わるまい」とする永遠にあこがれるのだ。山の頂上で見つけた「特に意味なし」の看板と、睨めっこするのである。

 いわば、僕たち人間は、脳みそを含めた肉体の限界(耐用期間が数十年)に引きずられ、宇宙の時間について行けるだけの生命の長さやそれを前提にした概念が持てないので、絶対不変の価値を信じつつ、一方で無常を肌で感じ取り、心のうちに変わって行こうとする自由を欲する。神やあの世を求めつつ、疑い、新しい世界が広がって行く快楽に魅了される。引き裂かれた生き物なのである。

 例えば命がほぼ無限になった世界。

 ハードウェアを新しいものにしながら記憶も魂も情報として保存され続け、万物の原理原則にのっとって環境の変化に応じた変更点を意志的に組み込まれ、少しずつ変わって行きながら、永遠に生きながらえていく、死が存在しない、そんな命の在り方が普通になった世界。

 それはもはや生々しさを失った、一個の無機質な石のようなものだ。でもそんな高度な技術が作り出した無機質な「石のきもち」こそは、要するに、なんの迷いも苦しみもない、今のこの世界で短い命を迷い悩みながら生きている我々が「生きている人間には決してたどり着けない悟りの境地だよなぁ」ってよくぼやいているやつになるのかもしない。その状態、今の人間の概念とは全然違う、命がコンピュータの向こう側にある無機質な状態になって初めて、ヒトは悟りを開けるのかもしれない。もはやその頃には「人間」とは言えない別のものになっているだろうけど。

「さぁ、どうかしらね」

 奈良の中宮寺弥勒菩薩をよく見に行くけど、あの穏やかなほほ笑みを見て、いつもそんな風に言われている気がするのは僕だけだろうか?

 弥勒菩薩はずっと先の未来に、この世にやって来る如来ということになっている。そしてそれが56億7千万年後だなんて、ちょうどその頃、太陽が寿命を迎えて燃え尽きて、何もかもチャラになって無になっているか、それとも、とんでもなく高度な技術を手に入れた人間が肉体から解放され、情報として無機質に宇宙に漂っているかの頃であり、いずれにせよお釈迦様の予言であればイヤな予言だなぁ、悟りの境地なんてちっとも楽しそうじゃないなぁ、やっぱり苦しみがあっても、冷えたビールを飲むなんて所帯じみた楽しみのある、今の生身の人間のほうがずっといいなぁと、永遠に謎を掛けて微笑み続けるその仏像の前で僕は考えるのである。

 ところで話は変わるけど、この間、日本に休暇で一時帰国した時、オーバーホールに出していたヴィンテージサックスと再会した。もう10年以上前に買って、タンポ交換も調整もしていなかった1941年製のCOON 6Mというモデルである。

 現代のYAMAHAの楽器みたいに人間に合わせて機能的に音を出してくれず、試行錯誤してこっちが合わせにいかないとちゃんと音程が取れない、古いアメリカ製の楽器だ。  

 が、現代の楽器にはないダークで暖かみのある音を出してくれるし、なにしろ見た目がシブくて美しく、ラッカー(塗装)の剥がれ具合とか、Naked Ladyと呼ばれるベル部分の女性の彫刻(今の楽器にこのようなデザインはない)とか、古い楽器ゆえにそれが辿って来た歴史を感じることが出来て、全部がお気に入りなのだ。決して実用的ではないので、大人になった僕の「宇宙みたいな石」である。

 久しぶりに吹くから全然正しい音程が鳴らない。ダメだこりゃ、また帰国したときに毎週末、練習し、この楽器に合う吹き方で演奏できるようにしなきゃ。

「その笛(ふえ)、お金出して修理してもらったのに、どうしてちゃんと鳴らないの?」

「笛(ふえ)って言うなよ、サックスだよコレは。それにヴィンテージ楽器だから、この調整後の状態に合わせて吹けるよう、また練習が必要なんだ」

「ふーん」

 家人は悪戦苦闘している僕の隣で不思議そうな顔をしている。彼女にとってはもちろん、古びた金属のガラクタである。そして僕にとっては、二つとない大切な宝物だ。

 ヴィンテージ楽器だろうと、アンティーク家具だろうと、安土桃山時代の茶器だろうと、僕たちが古いモノに憧れるのは、それらが僕たち人間の時間軸とは違ってもっと長い時間軸を持っているからである。永遠を志向する僕たち人間が、自分たちよりも長く生きて来た、そして自分たちが死んだ後も生きて行く、それらのモノたちに対し、魅了されるのはごく自然なことなんだろう。

 そんなことをぼんやり考え、僕は吹くのを止めて、再会したその宝物を、手入れの後そっと撫でてからケースにしまった。次に会えるのはまた半年後だ。

 思い出すと、石器づくり熱中していた子供のころの僕が石を探していた河原は、家の近所から少し離れた場所にあって、周囲に明かりはなく、夕方になるとすぐに薄暗くなってしまうところだった。普段は部屋を真っ暗にされると、夜は眠れないぐらい怖がりだったくせに、石を探している最中は、どんなに暗くなってしまっても、僕は気にならなかった。

 さっきまで差していた冬の西日は完全に落ちて、一気に見えにくくなった河原の地面を、青白く浮かび上がる石たちの群れを、じっと見つめ、僕は宇宙を探し続けていた。

 まだ人生の登山口のゲートにも立っていない、そして頂上に何が待っているのかなんて想像さえしていない、幼稚園児の僕の姿だ。ただただ図鑑で見たあの宇宙の美しいイラストに憧れ、同じものが欲しいと、薄暗い夕闇の中で見つけようと、うつむきながら河原を歩いていた。

 もう半世紀前の話である。

 そうして、半世紀たった今、ちょっと恥ずかしいけど、実は僕はまだ、あきらめ切れずに石を探し続けているのだ。

 日常と言う生活の中で、平凡な人生を味わいながら、永遠につながる宇宙を、失われた世界を、死ぬ直前の最期まであがき続けようと覚悟を決めて、僕はまだ、探し続けている。

スポンサーリンク

スポンサーリンク

スポンサーリンク