失われた世界を探して

ロストジェネレーションのしみじみ生活

日本の夏休みを必死で満喫している途中でややこしいことを考えそうになったけど、やっぱり一番大切なことは絵本とか童話の中にあるのかもしれないと思いなおしたこと

2025/08/20

 今年の夏休みはお盆に一時帰国が出来た。どこ行っても混んでいるけど、まぁ、日本なんだし何でも美味しいし、何しろ安心だし、どこへも行かずに自分の家でのんびりしたいと思った。

 でも、そうそう、駐在期間の一時帰国なんて家族接待が主目的なんだから、家人が前から行きたがっていた場所へ旅行に連れて行こう、そこはまた日本ではなく外国だけど、別に気にはしない。

 「空港なんて、いつも見送るか、見送られるかだけで私は嫌い。一緒に飛行機に乗って出かけ、一緒に飛行機に乗って帰って来たことなんて、ほとんどないから」と寂しそうに言っていたから、了解、分かった、帰国期間の一部を使って今回は連れて行くよ。一緒に出掛け、一緒に帰って来よう、と言ってしまったのが間違いのもとである。

 会社での仕事を一区切りして、まずは上海へ飛んだ飛行機の窓から、眼下に広がる壮大な雲(ラピュタに出てきそうな)を眺めているうちに、うーん、ああやって言ったけど、やっぱりせっかくこうして日本に帰るのだから、あそこから出たくないなぁ、日本でがっつり夏休みを過ごしたいなぁ、なんて後悔し始めた。

 でももう遅い。約束は約束だ。主目的は家族接待だった。

 一泊して翌朝、いよいよ上海から日本へ戻る飛行機からも、僕は窓の外を眺めていた。見えて来た日本の上空には夏雲がずっと向こうまで広がっていて、あぁあの下に、今年はめっぽう暑いとは言え、美しい日本の夏の田園風景が広がっているんだろうなぁと想像し、でもすぐにまた飛行機に乗って日本から出るのかぁ、やっぱりずっと日本にいたいなぁ、なんてだんだん腹が立ってきた。

 でももう遅い。約束は約束だ。主目的は家族接待だった。

 日本に着いたら、本当に暑かった。今年は特別だってみんなが言っていたっけ。確かにこんな暑さはこれまでなかったかも、とスーツケースをゴロゴロ引きながら、空港から駐車場へ向かう。とはいえ、ここは日本だ。僕が住んでいる場所の殺人的な暑さほどではないし、海風もちょっと吹いていて気持ちいいや。やっぱ自分の国はいいなぁと感慨にふけりながら、車に乗り込む。

 その夜は僕の希望が叶って、腹いっぱいお造りを食べた。普段、ちゃんとしたなまものが食べられない地域に住んでいるから、冷ややっこ一つでさえ、久しぶりに口にして感動するけど、何よりも刺身が死ぬほど食いたい、なんて帰って来るたび、帰って来た直後には思うものである。

 たくさん食べたうち、一番おいしかったのがこの赤いかのお造り。独特の甘みが口の中に広がってサイコーです。ゲソはこのあと天ぷらにしてもらって食べた。

 もちろん旬のものも頂きます。昼間、飛行機の中で雲の上から夏空を見ていた時に、頭の中では日本の夏、美しい田園風景と、清流の流れと、そしてこの美味しい鮎の塩焼きを思い浮べていたのだ。

かぶりつくと、上品な香りが鼻に突き抜け、完璧な香ばしさが口に広がった。僕は目をつぶってしみじみと味わい尽くした。

 が、すぐに日本からフライトだ。なんてこったい。

 到着したばかりなのに、もう日本を出るの?

 もっとお刺身を食べたかったのに・・

 もっと鮎の塩焼きを・・・

 疲れも出て来て、座席に座ると、機内で数時間、眠りこけ、あっという間に到着である。

 マジかぁ、また日本から離れてしまったのかぁ、やっぱりもっと刺身が・・ってハイ、大丈夫です。

 そこにはそこで、ちゃんと美味しいものがたくさんありました。

 やっぱ人間って凄いな。生理的な欲求に根ざした文化(食文化)は、日本だろうと海外だろうと、どこだってものすごく高度なものが必ずあります。それが人間の性(さが)です。

 「魯肉飯(ルーローハン)」って、家人に「るるぶ台湾」を見せて貰った時も、うーん甘く煮込んだ豚肉を煮汁ごとご飯にかけるのって苦手なんだよなぁ、甘いのはちょっとなぁ・・・・と期待していなかったのに、実際に食べてみたら、本場のそれは決して嫌な甘さではなく、生姜の風味もしっかり効いていて、本当に美味しかった!パクチーをたっぷり乗せて、2杯目も完食!食わず嫌いはよくありません。

 子供のころ、家ですき焼きをやった時に、残った鍋の汁を茶碗のご飯の上にかけてもらって、お茶漬けみたいにして食べたのを思い出した。母親の料理はいつも味醂(みりん)たっぷりで甘辛かったけど、それを何十年ぶりかで思い出した。おいしかったな。懐かしいな。

 ついでに暖かい豆乳スープも頂きます。ザーサイを多めに入れて香りを楽しみます。お腹いっぱいだ。

 そして翌日に飲んだ台湾茶も美味しかった。というか、こりゃ日本人がたくさん観光に来るはずだと思った。いわゆるオシャレなお茶屋さんは、ことごとく日本人好みの外装・内装デザインと雰囲気になっていて、あんまり海外にいる気がしない。実際、あっちの席にもこっちの席にも日本人観光客がいたし、日本語が聞こえて来たから、東京のどっかのオシャレな喫茶店でお茶を飲んでいるみたいだった。

 木製のお盆も急須の丸い形も、全部がセンスよく、こりゃ日本人がたくさん観光に来るはずだ。

 お茶請けまでオシャレさんです。こりゃ日本人がたくさん観光に来るはずだ(3回目)。

 なにしろ家人が喜んでいるのが嬉しかった。そうだね、ふだんは全然おねだりしない人が、ずっとここには来たいって言っていたもんね。楽しそうで何よりです。このあと、「旅猿」というTV番組で岡村さんたちが行った店に行き、君の念願の烏龍茶の小籠包を食べに連れて行くよ。

 有名どころの訪問を片っ端からこなし(願い事を書いたランタンを飛ばしたり、「千と千尋の神隠し」の街を散策したり)、夜市と呼ばれる夜店通りもウロウロしたけど、僕が一番よかったのは、博物館で見た、紀元前9世紀から8世紀の手を洗うための道具(青銅器)だった。

 なんと2800年も昔(日本は縄文時代)のものが目の前にあるのだから、驚くほかない。その技術力の途方もない高さはもちろん、そんな頃の人々の想像力の豊かさが、本当にいいなぁと思った。架空の動物と神様たちが生活の中に溶け込んだ、古代中国の神話の世界である。取っ手は不思議な動物が容器の中に頭を突っ込んで水を飲もうとするようにして取り付けられ、容器を支える脚は、これまたユーモラスな表情をした人間の像で出来ている。

 容器を支えるという仕事をしながら、なんだか左側の男がペラペラ世間話をしゃべり、右側の男が「お前うるさいよ、黙って仕事しろよ」と言っているみたいだと思った。思わずクスっと笑う。この作品に会えただけで、僕にとってはこの小旅行は大満足だ。

 帰りは台風の影響でフライトが1日遅れたけど、ようやく2回目の帰国である(数日のうちに2回目の帰国)。今回は慌ただしい休暇だ。日本で買い物したり、エアコンの調子が悪いから電気屋に連絡してくれとかいう実家の母親の面倒をみているうちに、どんどん時間がたって行く。

 うーん、でも僕としてはやっぱり日本の夏、美しい田園風景と、清流の流れと、もっと美味しい食べ物をじっくり味わいたいのですが・・・と思ったので、夜中に安曇野に向けて走り出した。

 実は確信犯だった。お泊りの準備だけするよう言った上で、ドライブに誘った家人を助手席に乗せて、高速に乗りそのまま出発した。こんなお盆の時期に宿も予約していないから、ひょっとすると連続で車中泊になっちゃうかも、と僕は聞いたが「全く問題なし」とのご回答。この子はいつだってこんな感じで、どこへでもニコニコ付いて来てくれるのが、ありがたい。

 夜通し走って辿り着いた安曇野の夏は、相変わらず美しかった。空気が全然違う。その透き通るような風景の中を、ただ車に乗って窓を開けて走っているだけで、自分の心が穏やかになって行くのが分かった。常に「しなければ」に追いかけられている哀しい人間には、これ以上ない休養だ。僕は黙って運転し続け、隣でしゃべり続けている家人の声を聴いている。

 長峰山に登って、一面に広がる美しい安曇野の景色を眺め、そうそう、これが見たかったんだ、この美しい日本の姿を見ておきたかったって、僕は両腕を広げ、もう一度大きく息を吸い込んだ。最高の一瞬だった。

 とはいえ、せっかくなので風景だけではなく、美味しいものも食べたいです。

 まずは安曇野そばを食べます。信州そばって戸隠そばとか行者そばとか色々あるけど、オーソドックスなスタイルの安曇野そばを、心行くまで味わせて頂きました。

「そばの香り」がシッカリするから、コシがあって香りの強い信州そばが僕は大好きだ。

 わさびをたっぷり入れて、一気にすすり、日本の夏の香りを楽しんだ。

 食べ終わった後、一面に咲いているヒマワリを見て歩きながら腹ごなしをしつつ、次の美味しいものを探し始める。

 安曇野には美味しいレストランが多く、しかも森の中に溶け込むような構えの店が多いので、例えば自然の緑に囲まれたテラスで洋食を食べ、そのあとそこでゆっくり珈琲を飲むなんて贅沢が出来るのだ。僕たちはそのうちの一軒を見つけ、入って行った。

 食事を待つ間、テラスのテーブルに座って鳥と声とセミの声に耳を傾ける。いいね、夏休みって感じ。出て来た料理、丁寧に作られたオムレツを、時間をかけてじっくり味わった。

 あぁこれでやっと「ぼくの夏休み」を満喫したぞ、もう大丈夫、心置きなくあの異国の山奥へ帰れる。また頑張れる、みんなありがとう!って、その夜なんとか無事に取れた宿で、僕はお風呂に入り、ビールを飲んで、ぐっすり眠った。

よかった。おいしかった。

 翌朝、帰ろうと車に乗った僕に家人がリクエストしたのが「森のおうち」という絵本の美術館へ行くことである。

 スマホで調べてホームベージで見てみると、あぁ、うん、君が好きそうだね、ちょうど帰り道の途中にあるから寄って行こう、ということで初めて訪れてみる。

 コテージを併設したその美術館は、名前の通り本当に森の中にあって、たたずまいの美しい美術館だった。入口から入るやいなやハンプティダンプティがご機嫌な表情で出迎えてくれる。

 そして係員の方に教えて頂いて気づいたのだけど、そのハンプティダンプティが腰かけている土台には、「セロ弾きのゴーシュ」がチェーンソーアートされていた。

 ちょっとハッとしてしまった。

 僕は少し立ち止まった。油断していたのだ。これを作った人は、きっと「セロ弾きのゴーシュ」という作品の本当の意味を理解している人なのかもしれない、と思った。ファンタジックで柔らかい館内の全体の雰囲気の中にあって、そのチェーンソーアートの部分だけ、なんとなく別の世界が投影されているような気がした。不思議な感覚だ。

 すっかり忘れている人が大半だと思うが、「セロ弾きのゴーシュ」はすごくシンプルなストーリーである。

 セロの演奏家であるゴーシュが、練習をしていると次々と奇妙な訪問者たちが現れ、それは猫だったり、かっこうだったり、狸だったり、野ネズミの親子だったりするのだけど、いちいちゴーシュの演奏の欠点を指摘したり、癇(かん)に障(さわ)ることを言うものだから、ゴーシュは訪問者たちと喧嘩し、時には意地悪をし、でも何となくその彼らの指摘を受け入れて行くことで、いつの間にか演奏が上手になるというお話である。

 昔、小学生のころ、この作品が国語の教科書に掲載されていて、感想文=そこから何を学ぶべきか、を書いてくることが宿題に出されたのを覚えている。

 翌日の授業ではクラスの優等生たちが、いかにも昭和の教育現場にマッチしたような感想文、人から教えを受けるというのは腹が立つこともあるが、それでも我慢して素直に聞くことで、自分の気づかなかった欠点を自覚し、結局は自分が成長できる、みたいなことを発表していた。

 でも、本当に賢治はそんなことを伝えたかったのだろうか?

 と、子供だった当時の僕はぼんやり思い、オッサンになった今も思っている。

 家族のことが大好きで、生真面目で、他人に対するサービス精神が旺盛で、そのサービス精神の延長線上で豊かな自分の空想を文章に表した彼が、そんな説教じみたことを伝えるためにこの作品を書いたのだろうか?

 きっと違うのだろう。

 生と死が全く同じ内容で一つに繋がっていた賢治にとって、そんな「人から教えてもらう時は、まず素直に話を聞こう」なんてな処世術はどうでもよかったはずだ。

 訪問者たち(実際にはかっこうに対してだけだったが)への自分の接し方を思い返し、あのときは悪かった、別に自分は怒ったわけではなかった、となんとなく申し訳ない気持ちになるゴーシュ、というエンディングに、反省という言葉よりは、普通に生きている人間の哀愁を感じるのである。

 僕たちは普通に一生懸命生きていれば、そう、敵意や悪意なく生きていれば、それでも小さな後悔の積み重ねの中で、ごめんね、とか、ありがとう、とかを繰り返し、人と関わって行くということだ。それでいいのである。どうせ、古今東西、世界にはどうしようもない敵意や悪意がたくさん存在するのである。今も地球の裏側では、何千年も続いている敵意と悪意の中で、たくさんの人々が死んで行く。とてつもない悲しみの中で、飢えて、耐えて、また次の世代の為に敵意と悪意を準備し、いつかやり返すための準備をしている。泣き叫びながら、子供の死骸を抱きしめながら、心の奥底で、準備をし続けている。だから、常にそこから薄っぺらく何かを学べというのではなく、僕たちは、賢治の作品を通して、ただ普通に一生懸命、出来る限り敵意や悪意を持たずに、生きていればそれでいいと理解できれば、もうそれでいいのである。

 と考え始め、いかんいかん、そんな見方(みかた)でさえ、一つの世界の切り取り方であり、作品への一つの解釈であり、ひょっとしたら僕というネクラでややこしい事を考えがちな人間の性格を、もろに露呈(ろてい)しているのかもしれない、と思い直した。

 今は休暇。

いらんことは考えず、出来る限り頭をカラッポにしよう。

 美術館に置いてある絵本は、読めばどれも気持ちが暖かくなる素敵な作品ばかりだった。現実には決して起こり得なくても、作者の作った空想の船に乗って、読み手はどこまでも、例えば雲の上までも飛んで行くことが出来るのだ。そんなことがあれば素敵だなと、素直に願う心が大切なのである。ややこしい事は考えなくてよろしい。

 しばらく美術館で過ごし、お土産も買って、僕たちはようやく「森のおうち」を後にした。

 見上げると、夏空はどこまでも青く染め上げられ、雲一つなかった。絵の具で塗ったみたいな真っすぐな青だ。暑いけど気持ちいい。

さて、いよいよ日本での休暇は終了である。

 明日は荷造りし、明後日にはまたあの数千キロ離れた異国の僻地へ戻って行かないとね。

 ほぼ日本人のいないあの場所に、また戻って行くのだ。

 エンジンをかけ、走り出す。

 体もココロもたっぷり休んで潤いを取り戻した僕は、安曇野の風景の中を、助手席に家人を乗せて通り過ぎて行く。

 やっぱ日本って美しい国だな、ここに生まれてよかったな、って思いながら、開け放した窓から入って来る緑の透き通った風の匂いと、目の前に広がる夏のまばゆい光を、僕はしっかりと味わい尽くしている。

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