
2025/07/04
異国の地に住んでいて、ここはやっぱり東アジアだし日本とあんまり変わらないなぁと思うことが多い一方、そうは言っても、生活していて時々は「オォ、やっぱり自分は海外にいるんだなぁ」と実感する場面もあり、例えば日本ではなかなか目にすることがない人々の様子などを見た時に、新鮮味を感じてその映像が記憶に残る。それはいい意味で未だに慣れない、何度見ても飽きることがない光景だ。
そのうちの一つ、日常生活の中でよく見るもので、小さなスクーターに2人乗りどころか4人乗りをしている家族の様子がある。通勤時とか、街でローカル飯を食べた後でぷらぷら歩いている時にすれ違う、まるで曲芸みたいに複数人で乗っているスクーターの人たちだ。たいていは、みんなスクーターの上で仲良く抱き合って乗っている。あるいは、しがみつきながら乗っている。
もちろんルール違反だろうが、そんな曲芸乗りは、これでもかというくらい、たくさん街を走っているから、結局のところ一つの当たり前な日常の風景となっているのである。
そしてそんな家族の様子に、なんとなく僕たち日本人がとっくの昔に無くしてしまった、ダイレクトで生臭い、人間の匂いがする「つながり」を見せられているようで、ちょっと羨ましいなぁと感じるのだ。
先日、仕事帰りに寄った料理屋で汗だくになってローカル飯を食べ、ちょっと歩こうかと思って外を歩き始めた。日が暮れていたからもう大丈夫かと思ったのに、昼間に熱された空気がそのまま残っていて、さらに汗が吹き出し、あまりに暑いから、耐えられず、早々にタクシーを呼んで乗った。
タクシーの中は涼しい。やれやれって思いながら、家に帰るそのタクシーの中で、僕は街の様子をなんとなく眺めていた。うん、立ち並ぶ店の看板の鄙(ひな)びたネオンがピカピカしていて、いい感じだ。いかにも地方都市の日暮れ直後みたいで、僕は携帯電話を取り出し街の風景を何枚か撮った。タクシーの窓がひどく汚れていたけど気にしない。
で、家に帰ってから見てみると、撮影したうちの1枚に、なんと隣を並走していたスクーターが写っていて、まさにそういう風景、家族らしき4人が乗っていた。タクシーの中では気づいていなかったけど、街の風景の手前に、曲芸乗りの4人が写っていたのである。父親が前に息子を乗せて運転し、母親が後部の荷台の上で器用に横座りして、膝の上に娘を乗せている。
あぁこれこれ、これだよって思って拡大すると、ありゃりゃ、タクシーの窓の汚れのせいで、ネオンの光が乱反射して邪魔になっている。光の一部が家族の姿に重なっていて、う~ん、ちょっと残念だ。でも、今後わざわざ曲芸乗りの家族を探しに行き、街を歩いていてパシャパシャ撮るなんてまさか出来ないから、記念にこの写真を取っておこうと思った。
PC上で家族の様子をメインに切り取って、角度を調整し、コントラストやカラーバランスも調整し、ついでにエフェクトも少し使ったら、邪魔だった光の乱反射も柔らかい味わいを出し始め、むしろおしゃれなアクセントになった。異国の田舎の街のローカルな雰囲気が、タクシーの汚れた窓の向こうに滲(にじ)んで見えていて、そのこちら側を、きっとご飯を食べ終わって一緒に家路についている家族が、1台の小さなスクーターに乗って、幸せそうに走っている。
写真を前に、そうそう、ここってこんな感じの場所だよ、我ながら芸術じゃんなんて、僕は大満足した。どうせ素人の自己満足でいい。雰囲気を壊さず、自分が惹かれたものを大切に一生懸命加工できたなら、それは一つの創作活動だ。
写真の加工は、デジカメが登場する大昔からやる人はやっていたけど、デジカメ全盛になり、そして誰でも簡単に加工出来る便利なツールが現れると、ごく当たり前にみんながやるようになった。そして想像のごとく、そんな風潮に対して「写真は一回キリの真剣勝負の中で生まれる芸術であり、撮った後で弄(いじ)るなんて外道(げどう)だ」という主張をする人もいて、まぁどっちの気持ちも分かるなぁと思ったものである。
僕はクラシックカメラでフィルム写真を撮るのが好きだから、別に職人気取りではなく、露出計で光を計測し、シャッタースピードと絞りをあれこれ悩んで決め、ワンショットに賭けるその熱意とか、その結果、期せずして現像された「奇跡の1枚」を見た時の感動とかが、よく分かる一方で、これでもかと過激に加工されデフォルメ化された写真、別にデジタルでなくとも、マン・レイのような芸術家が自らの美意識に基づき、情熱を込めて色々な要素を付け加えた作品に対しても、一種の凄みを感じるのだ。
だから、きっとありのままの一発撮りも、自分の美意識と向き合った加工も、きっと立派な芸術なのである。
例えば書の世界。
その時代その時代に応じて「美しい字を書きたい」という人の想いが、道となった。王道はお手本を真似、独創に走らず、ひたすら美しい文字を書こうとするその努力のうちに、いわば徹底的に自分の癖を無くしていくことで実現される。書道には今もたくさんの流派や協会があるけど、王道の道はいつも一つである。「美しい字を書きたい」の想いに基づいている。
でもその正反対の道だってある。僕たちはバクザン先生の書いた文字を見ると思わず笑みがこぼれ幸せな気分になるし、武田双雲さんの作品に書かれた文字が、紙の上で生き生きと躍り出し、一個の自由な生き物として天に舞い上がって行くのを目撃する。
いわば、かたや癖を滅失することで、そのやり方のうちに自らの個性を表現し、かたや癖を惜しげもなく露呈することで、自らの強烈な個性を表現しているのだ。その正反対のやりかたで、いずれも芸術として最高レベルのものを達成し、僕たちを楽しませる。
これは人間についても同じだ。
高校生の時に山崎正和の本を読んだとき、「芸術のための芸術」ではなく「人生のための芸術」でもなく、「人生としての芸術」がこの世に存在するんだって話を知って、なるほどね、野心満々のギラギラした芸術とか(芸術至上主義、芸術の為なら個人の人生なんてどうでもいいという月と6ペンスの世界)、社会のための芸術とか(労働者の人生の為に芸術は存在するのだ!)なんてご立派なものではなく、僕たちが普段、フツーに生きている中でしみじみと自然体で味わえるものが、本当の意味のゲージュツなのだから、芸術って人間の外側にある何か特別なものではなくて、人間そのものの営み(人生)こそが芸術なんだと思った。
だから、例えば、ストレートに個性を包み隠さず生きている人間は、めっぽう魅力的で、得てしてめっぽう破天荒な人が多い。いくつになろうとバイトしながら演劇なんかやっている連中にもままいるタイプだ。なかにはその個性の魅せ方があまりにステレオタイプ過ぎて、むしろ没個性化してしまっている場合もあるけど、至って真面目に芝居作りをしている人々はたいてい、やっぱり魅力的な人が多いのである。彼ら(彼女たち)の生き方は一種の芸術である。
そしてその正反対の生き方をしている僕たちサラリーマンだって、組織の中にあって個性を殺そうとし続けるからこそ、実はその自分を殺そうとする生きざまの中に芸術を見出すことがあるのだ。これは冗談やこじつけではない。真実を言っているのである。長年、組織で働いていれば、みんな気づく事である。
昔、東京で働いていた頃、取引先の会社の人だったけど、よく一緒に飲みに行く斎藤さんという年上の人がいた。営業職で、当時、僕が働いていた会社の事務所にもよく出入りしていて、自然と顔見知りになり、一緒に飲みに行くようになった。もう四半世紀以上も前の話である。
斎藤さんは茨城県出身で、細身の長身だった。都内の大学を出て、2回ほど転職し、営業一筋でキャリアを積んで来た人だった。腕にはいつも父親の形見だという古いオメガのコンステレーションをはめていて、デパートに入っているテーラーでオーダーメイドした品のいいYシャツを、嫌みなくさらっと着こなしていた。とてもオシャレだった。
茨城県出身というと、僕の学生時代の友達が揃いもそろってみんな「水戸っぽ」って感じの三ぽい(怒りっぽい、飽きっぽい、骨っぽい)連中だったので、どうしてもそういう偏見の目で最初は見そうになったけど、接し始めると、全然様子が違った。むしろどんな時も怒りを顔に出すことなく、いつも冷静で飄々(ひょうひょう)としていた。飽きっぽかったかどうかは私生活をそんなに知らなかったから分からない。でも、スジを通す芯の強さは、言動の端々に感じた。くだんの学生時代の友人たちのように泥臭くスジを通すタイプではなく、なにか自分なりの譲りたくない倫理観があって、ブレないように心を研ぎ澄ませてスマートに振舞っている、そんな感じのところがあった。
「本当は営業なんて仕事は嫌いなんですよ」
「そうなんですか?でもウチの会社でも斎藤さん評判いいし、向いているんじゃないですか?」
「いやいや」
斎藤さんはお酒も強かった。吉祥寺の居酒屋で焼酎の何杯目かを飲みながら、手を横に振って照れ臭そうに笑った。
「向いてなんかいないですよ。だって本当に向いていたら、頑張って相手に喜んでもらえた時に、自分も嬉しいって感じるものでしょう?それが、私の場合、全く感じないんですよ」
「・・・・・」
「あぁ、また自分は小器用に仕事しているだけで、笑顔でありがとうございます、なんてお客様に答えながら、結局ここには自分がいないな、空っぽだな、だからこそこんな風に、お客様に喜んで頂けるんだな、って思うんです」
「そうなんですか・・」
「あ、すいません、しょうもない話をしてしまいました。ところで・・・」
一瞬だったけど、そんな本音が漏れた会話の内容を、僕はいまだに覚えている。
斎藤さんはどこまでもそつなく、物腰も柔らかく、頭もよく、決して相手を不快にさせることなく、確実に仕事を進めて行ける人だった。もしずっと「ここには自分がいない」状態でそれをこなし続けているなら、それはとてつもない忍耐力と集中力が要求されるはずだ。
でも僕は、きっと斎藤さんは実際、そのとてつもない忍耐力と集中力をもって、自分を殺し続けて、笑顔で仕事しているんだろうなって思っていた。優秀な営業マンの一つのスタイルに違いない。ジョギングが好きで、何でそれが好きかっていうと、走っているあいだは誰とも口をきく必要がなく、黙々と身体を動かし続けていればいいから、と言っていたのが、少し分かるような気がした。みんな食べるために働いているのであり、必ずしも楽しいからやっている訳ではない。
「アタマ悪いの?」
「・・・」
「何回おんなじこと言わせるの?お宅の会社は!全員がアタマ悪いの?」
「たいへん申し訳ございません」
「全員アタマ悪いんでしょ?」
「いえいえ、そういう訳ではないのですが」
斎藤さんは、どんなに酷(ひど)い言葉で取引先に罵倒されても、決して怯(ひる)むことなく、そして慇懃無礼(いんぎんぶれい)になることなく、相手をなだめ、数字で粘り強く説明し、結局は相手を説得し、最終的に相手を笑顔にしてしまうのである。
ウチのバカ課長はあいかわらず口汚いなぁ、こっちが客だからってあの態度はマジでクズだなぁ、あいつクズ人間だよなぁ、どっかで死なないかなぁ、なんて事務所でやり取りを聞きながら、僕は頭を下げている斎藤さんの表情を想像し、その集中力と気迫に、そして「ここには自分がいない」と宣言したあの言葉に、底知れないサラリーマンとしての凄みを感じていたのだ。
あれは一種の斎藤さんの個性だった。本当は一言もしゃべらず黙々と体を動かすことが大好きで、休日は3人の子供たちの父親で、きっと仕事上では誰にも見せない(見せるつもりはない)本当の自分の表情を、忍耐力と集中力で殺し続ける、そんな斎藤さんという人間の個性ある凄みだった。こういう人は絶対に怒らせては駄目だ。それは恐ろしい事である。笑顔を見せながらそう思わせる斎藤さんは、そつなく、自分を必要以上に出さない、でも強烈な個性の持ち主なんだなぁと思ったのである。
人生としての芸術は、そこで自分を殺し続けることで自分の個性が表現されることもあり、もちろん、自分を素直に露呈し続けることで自分の個性が表現されることもある。ありのままの美しさを表現したいと己を消し去りながら対象に向かって行く芸術家の姿(例えば一発撮りでフィルムカメラを使って無心に朝焼けを撮影しようとする写真家の姿)は、数字を積むという目的に向かって「空っぽ」になり相手に笑顔で立ち向かって行く斎藤さんの姿に重なるだろう。
芸術のための芸術でもなく、人生のための芸術でもなく、ただただ、人生としての芸術がこの世にあるのである。だから僕たちは、一生懸命生きていれば、何をしていたって、どういうスタイルだって、それ自体が、大げさな表現ではなくて、一個の芸術なのである。つまり、平凡で人知れず死んで行く一人一人の命とか人生が、それ自体、それぞれの芸術なのである。
ところで今年の夏は日本でもムチャクチャ熱いらしいけど、僕の駐在しているこの場所も、毎日のように38度を超えて行く。初めての駐在の時は体が慣れず、もしくは慣れさせるコツを把握しておらず、すぐに疲労と夏バテで倒れて入院してしまったけど、今回は2回目だから慎重に対応している。そして、ある程度は「郷に入っては郷に従え」的な生活を取り入れておくのが、やはり体を環境に適合させる為に一番いいのだ。
このあたりは日本人が食べるとお腹を壊すくらい辛い料理が多く、ローカル飯はたいてい唐辛子で真っ赤に染まっていて、みんなそれを汗をかきながら頬張って食べている。でもそのカプサイシンのパワーがあるからこそ、みんな血流をよくし、この殺人的な夏を乗り切っているのだ。唐辛子は一年中、街のあちこちで天日干しされ、刻んで色んな料理に出て来る。

というのが分かっているので、僕も時々は地元の料理店に入って、ローカル飯を注文し、とはいえ「僕は外国人だからあんまり辛すぎないように加減して」ってお願いしながら、それでも舌が燃えるようなご飯を食べて、汗をかき、この夏を乗り切ろうとしている。
だからまたあのお店に行って、唐辛子料理を食べ、今度はタクシーなんか乗らず、汗だくになってもいいから、街をブラプラ歩きながら周りをゆっくり眺め、家に帰ろうと思った。ひょっとしたらまたあの家族にも会えるかもしれない。地方都市の夏の夕暮れあとは、ご飯を食べ終わった人々が、健康のために家族でぞろぞろ外へ出て来て、散歩したり、広場で踊ったりする時間帯だ。ある人は子供の手を引き、ある人は夫婦で社交ダンスのような不思議なダンスを踊り、ある人は立ち並ぶ露天で仲良く買い食いしている。みんな汗をかき、手をつなぎ、そこで一緒に暮らしているのだ。そして一生懸命、楽しんで生きている。
あぁ早く帰りたいなぁ、僕も家族に逢いたいなぁ、ちゃんと触れたいなぁ、こんなところで仕事して本当に意味あるのかなぁ、組織で働くってどこ行っても面倒だなぁ、やっぱり早く帰って家族とまた暮らしたいなぁ、なんて年甲斐もなくちょっとホームシックになりながら、でも投げ出したり、途中で折れたり、腐ったりなんかせず、決めたことはしっかりやり抜き、平凡なこの命を、一個の芸術としてまっとうに生きていかないとね、なんてヘラヘラ笑っているのだ。ヘラヘラ笑って僕なりに自分を殺し続け、立ち向かっているのである。
なんて、タクシーの車窓の向こう側を切り取った、一枚のその写真をずっと眺め続けながら、今日もまた、僕は自分で自分を淡々と励まし続けている。