パンデミックは第6波という。
ちょうど2年前、中国大陸では新しいウィルスのせいで大変なことになっていて、工場が動かない、さあ大変だ、日本で慌ててラインを作ってバックアップ生産しなきゃ、ん?中国でしか調達できない部品はどうするんだ?なんて大騒ぎが始まった。
そこから今度は日本の第1波、それからあっという間にアセアンのパンデミック、ロックダウンに伴って部品や材料が入ってこない、船も飛行機も遅延しまくる、さあいよいよモノづくりはストップか?、いやいやまだ手はある、あきらめちゃいけない、なんて夜な夜な昭和世代が集まってプロジェクトXをやり続け、もう2年がたつ。
そしてまだ、過労死直前の残業にまみれ、昭和世代はプロジェクトXを続けている。
一方、令和時代の若者たちはちょっと遠目に、なんかオジサンたち、むっちゃ殺気立って迫力あるな、怖いな、なんか言われたら逃げる準備しよう、なんて構えて見ている。
そうそう、君たちは新しい時代の日本人だから、無理しちゃいけないよ、楽しく働いて、休みはゆっくりリフレッシュしてきな。残りの仕事は、今さら引き取り手なんてありゃしない(後がない)オジサンたちが命を削って休みの日も頑張るよ、なんて2年やっている。
若い頃は3時間か4時間眠ったら、残りは全部仕事をできた。それをぶっ続けで5日間は余裕で出来た。が、そろそろキツくなって来ている。週末は疲れで吐き気をもよおしながら、やっぱり深夜に、帰途のハンドルを握る。
で、最近の土日は家人曰く「死体のように」眠っている。眠れるのだから、そして目が覚めたらお腹がすいて、美味しいものを食べに外へ飛び出して行くのだから、まだ大丈夫だね、って思っていたが、なんせまた第6波だ。県境まで来たら、回れ右をしなきゃ。フロントガラス越しに遠くの雪雲を眺めて、はぁってため息を一つつく。
遠く遠くへ走って行きたいな。
古い写真を見ていた。かつての日常。そこにあった、そこへ会いに行けた風景。
実家に咲いていた薔薇。母には会いに行くのを控えている。今年も庭に咲いているのかな?どうか無事でいて欲しい。
雨上がりの空に、次の季節を感じて、あのウキウキした感覚。日本と言う国の美しさは、地上というより空にあるのかも。
海辺の猿たち。冬場でも温かいあの島の笑わない猿たち。黙々と生きて、黙々と子供を作り、黙々と死んでいく。
朝もやに包まれた山桜。山はそれぞれが独立した生き物であり、古い大樹はこれも一個の魂をもった生き物である。だから毎年会いに行った。
夏の突き抜けて行く青。空は海に溶けて行く。マスクなんてせず、大声で騒ぎ、遊び、ニンゲンの息吹と、灼熱に輝く水に濡れた肌色を、僕たちは楽しんだ。
古都の雅(みやび)な夕べ。死んでいった人々を思い、弔い、生きている感謝を真夏の夜に捧げた。
高原の真夜中の星たち。何時間もフィルムカメラのシャッターを開けっぱなしにすれば、彼らの歓喜に踊る姿がはっきりと映った。
そして夜明け前の静寂。これはすぐそばだから今でも会いに行けるね。本当は墓場で夜明けを見ると、人生がもう一度輝いて見えるらしい。が、夜明け直前とはいえ、真っ暗な墓場で待機する根性はないので、海に会いに行く。
次の休みの日に行こうかな。
地元じゃないが、第6波前に出会った、これが一番のお気に入りの風景。
何がって?
険しい曇り空だけど、地上は暗澹とした灰色に覆われているけど、でも向こうに光がちゃんと見えるでしょ。だから大丈夫。
フィリピンのスタッフがteams会議の向こうでボソリと言った。
I hope things get back to normal soon・・・・
向こうにはちゃんと光が見える。
だから大丈夫。