失われた世界を探して

ロストジェネレーションのしみじみ生活

とろろ料理と鮎の甘露煮を食べながら東京時代に飲み明かした夜を思い出したこと

 高速に乗って15分も走らせるとかなりの田舎に出られる。地元にUターンして20年近くたつが、地方での暮らしが、最初の頃は「やっぱこんなとこ戻るべきじゃなかった、なんもねぇ~」なんて不満タラタラだったけど、そのうちに慣れ始め、楽しを見つけ出し、幼馴染(おさななじみ)と週末に飲み歩き、彼女を作り、結婚して、すっかりオジサンになり、今や完全に田舎人(いなかびと)に戻っている。こうして地方に住んで一番幸せに感じるのは、ちょっと高速を使って数十分も車を走らせれば、東京暮らしをしていたら年に数回しか見れないような自然いっぱいの景色や、美味しい空気、水、そして料理にすぐ会えることだ。

 今日はやはり高速に乗って数十分走り、ICを下りたところにある芋料理屋へ、久しぶりにとろろ料理を食べに行った。昔からある、昔からよく行く店だ。とろろは必ず白い陶器製のキッチュなボールに入れられ出される。

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ボールの流し口にはちょこんと練りワサビが乗っていて、木製の匙でそれをかき混ぜ、それから麦ごはんの上にトロ~とかけて行く。

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あとは口の中へかき込むだけだ。もちろん絶品!

ちなみに定食になっているので、ほかにも色々と小鉢が付いて来る。お気に入りが二つあって、一つは「あげとろ」もう一つは「ひりょうず」だ。

「あげとろ」はそのまんま、とろろを海苔で挟んで油で揚げた料理で、抹茶塩を付けて食べる。口の中でとろろの風味が広がり、歯ごたえはサクッとしていて、とろろの魅力が全開だ。

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一方、「ひりょうず」は口に入れるとジューシーな野菜のダシ汁が一気に溶け出し、これまた絶品だ。そしてもちろん、甘い根菜の味わいの奥にきちんととろろの風味が、この料理の主人公として主張を譲らない。

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この他にも、「まぐろ山かけ」とか、「とろろ芋おとし汁」とか、本当に贅を尽くしたとろろ料理があるのだが、そんな名、ちょっと異色なのが鮎の甘露煮である。

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こればっかりは「とろろ芋と関係ないじゃん」という一品なのだが、やっぱり他の料理と同様、絶品なのである。とろろだらけでちょっと口直ししたい時に、少しずつこの川魚の甘露煮をかじり、そしてまた、とろろ料理を味わい始める。

 お店のあるあたりは鮎をはじめとする川魚の放流が盛んで、釣り人も多い。かくいう僕も、東京から帰ってきて真っ先にやりたかったことは、夏に麦わら帽子をかぶって竹竿を持って、川へ釣りに行くことだった。川魚は香りがあるので好き嫌いが分かれるけど、僕は大好きだ。こうして甘露煮で食べるのも好きだが、やはり香りを楽しむなら塩焼きがいい。そして実は、子供のころ勝手に「神の魚」と呼んでいたアマゴ(地元ではアメゴという)の塩焼きが一番美味しいと思う。

 だがこのアマゴは、釣るのが物凄く難しい。難しい理由は川魚の中でも飛び切り警戒心が強く、飛び切り頭がいいからだ。

 東京時代にやはり釣り好きだった友人と場末の飲み屋で飲んでいるとき、子供時代にやった釣りの話になった。僕は酔っぱらって気持ちよくなりながら、子供のころ熱中していたアマゴ釣りの話をした。ものすごく用心深い魚だから、いきなり岸辺に立ってこっちの姿を見せたら隠れてエサなんて喰わないこと。そろっと近寄って魚影を確認したら、釣り竿だけをそっと上流のほうに差し出し、そこからエサのついた釣り針を自然に流して行って、向こうからパクッと喰らいつくのを待つこと。もし合わせに失敗して一回でもバラしたら、その場所ではその日は一日、絶対にアマゴは釣れないこと。合わせが上手くいっても、頭がいい魚なので急に泳ぐ向きを変えてトリッキーな動きをし、すぐに針が外れてしまい、簡単には釣り上げさせてくれないこと。そして、苦労して釣り上げた時に目にするその美しい姿は、まさに神の魚のように金色に輝いていること。などを熱っぽく語った。

 東京時代、なかなか忙しくて実家に帰れなかったし、平日はサービス残業まみれのブラックな仕事にどっぷり浸かってクタクタだったから、休みの日にそんなわざわざ釣りをしに郊外へ出かけるだけの気力もなく、そのくせ「あぁ、子供の頃にアマゴ釣りに熱中していたころの夏休みは、趣があってよかったなぁ」なんて思い出して、「ぼくのなつやすみ」というプレステのゲームを部屋でしながら懐かしさにちょっと胸が詰まりそうになったものだ。そんな中での場末の酒場での与太話である。でも本当に、夜になっても全然涼しくならないあのコンクリートジャングルの熱帯夜で安い酒を飲んでいると、ヒグラシの鳴く大自然の夕暮れ時に涼風がそっと肌に触れる感触が、つくづく恋しいなぁと思ったものだ。20年以上前の20代のころである。

 なのでUターンして地元に帰って来た最初の年の夏休みは、麦わら帽子と竹竿とその他一式の釣り道具を買い揃え、僕はこのとろろ料理を食べた店の近くで、アマゴ釣りに興じた。せっかく地方に帰って来たのだ。何にもないが、自然いっぱいの景色や、美味しい空気、水、そして料理にすぐ会える。

 とろろ料理から甘露煮の話になり、そこからだいぶ話が脱線してしまった。ちなみに数十年ぶりに釣ったアマゴは誇張なしで美しく、やはりこれは神の魚だと思った。

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 僕は今でも地方で暮らす楽しさを、しみじみ味わい続けている。

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