失われた世界を探して

ロストジェネレーションのしみじみ生活

夢のマイホームを高品質にして低価格で建てるということ

 人生の一大事の一つがマイホームを建てることだ、マイホームは会社員の夢だと、上の世代からは聞いていた。でも一方で、そのうち南海トラフがやって来るし、この国はどんどん人口が減って空き家だらけになるのだから、そんな古い価値観で家を建てる奴は馬鹿だ、お金があるなら投資で運用を始めておかないとこれからのサバイバルシルバーワールド(年寄たちがその日の糧をめぐってシゴトを奪い合う近未来の世界→負けたら餓死決定)を生き抜いてなんか行けないよ、と友達から怒られた。が、いろいろ迷ったけど、投資による資産運用なんて自分は決して上手にやれそうにないし(賭け事は昔から全然ヘタクソ)、そのくせ40代になって少しだけ貯まったお金が、やれストレス解消だとか言って休日に小旅行や食べ歩きしてどんどん目減りして行くのを見るにつれ(カテゴリー:旅行「旅に出るということ」ご参照)、こりゃいかん、このままじゃアパート住まいで定年退職を迎え、その頃には年金も「できればそのまま受け取らずに死んで行って欲しい」という国の方針がもっと露骨になっていて、そのくせ貯金もなく、それでサバイバルシルバーワールドに乗り出すなんて、怖すぎる。この際、家を建てて貯金をいったんゼロにして、危機感を持ちながらまたコツコツ貯金を始めよう、という自分の浪費癖を戒めるための決断を、数年前にやった。「夢の」というほどの話でもない。

 まず、日本のメーカー勤務の端くれとして、品質は譲りたくない。高級なものである必要はないけど、しっかりした丈夫なものであって欲しい。無駄なところにお金をかけず、長持ちさせることを前提に最低限のお金で建てる、というのをやることにした。高品質にして低価格で家を建てるための方針として、僕は以下の3つをやった。

1.コンセプトを明確にすること

 ああいう風にしたいこういう風にしたいと迷っているうちに、訳が分からなくなり、結局どういう家づくりをしたかったのか分からなくなるのはよくある話で、ハウスメーカー工務店の営業マンの口車に乗せられ無駄にコストが高くなる原因だ。先々のライフスタイルの変化も想像し、どういう家にするのかコンセプトを最初に明確にしておいた方が、後悔のない家づくりが出来ると思う。ウチは子供がいないので、つまりは自分と家人が「二人で快適に爺さん婆さん時代を過ごせる家」及び自分か家人の一方が先に死んだ場合、残ったほうが最終的に「年寄一人で快適に長々と過ごして最後を迎えられる家」をコンセプトに、小さな平屋を建てることにした。小さくてコンパクト、徹底的なバリアフリー(ドアは玄関も含めすべて引き戸)と手摺り設置を行い、完成後に初めてやって来た時に年老いた母が「なんだか小さな老人ホームみたいね」と言ったくらいである。でもコンセプトがそんな風に最初からブレなかったから、今でも手摺りだらけの小さな家の中を見回し、ウン、これなら家人か自分のどっちかが取り残されても、老人の一人暮らしを快適に過ごせそうだな、なんて満足な気持ちになる。

2.見栄を捨てること

 ほんの少しでも家を誰かに見てもらうものと考えてしまうと、やはり営業マンやインテリアコーディネーターの餌食になる。「おしゃれなデザインの出窓はどうですか?」「リビングに太陽の光を入れるため西洋風の天窓をつけてみては?」「フローリングは木の温もりを感じる高級無垢材はどうですか?」「トイレをよりおしゃれに見せるために壁に個性的なタイルを採用しては?」てな具合で、お披露目で誰かに自慢しようなんて場面を想像し出すと、その瞬間から無駄なお金が飛ぶ。もちろんお金がたくさんある人はそれでいいと思う。人生を豊かにするには無駄は重要。それは確か。でもお金があんまりない上で、高品質をきちんと確保したければ、「家とは誰かに見せるものではなく、そこで快適に過ごすための道具である」くらいに考えておいた方がいい。なので、我が家も外構は駐車場をコンクリートで打ってその他のスペースは砂利を敷き、シンボルツリー一つ植えなかった。すごくシンプルな四角い家で、外壁はごく一般のデザインにした。その代わり外壁のシリーズも耐久性が一番高いやつにしたし、屋根はもちろん瓦屋根だ。何しろコンパクトだから、一つ一つの材質を耐久性の観点からグレードの高いものにしても、大して金額がかさまない。断熱材は住んでいる場所が北海道でもないのにセルロースファイバーを入れてもらい、おかげで夏は涼しく冬は暖かい家になった。外観は全く特徴のない無骨な平屋だけど、住む分には快適そのものの家に仕上がった。そして勿論、完成後にお披露目会なんかしていない。友達にも見せなかった。「うん家建てたよ。まぁ子供いないし小屋みたいなちっちゃな平屋にしたけどね。小さいから掃除も楽なんだ」と飲みながら一言伝えた程度だった。家はあくまで自分たちが住むために建てたのだから、それ以上の目的は不要なのだ。

3.営業マンと楽しみながら闘うこと

 これは規格や値段がガチガチに決まっているハウスメーカーでは通用しない。なので僕は地元の古くからやっている工務店を選び、自由設計とした。動線を考え、車椅子でも移動できるよう間口を決めて、およそのイメージとしてエクセルで自分で図面を引き、それに基づいて設計図を描いてもらい、あとは壁材、ドア、システムキッチン、トイレ、バス、照明、床材という風に一つ一つを決めて行った。その時、例えばドアであれば「〇〇メーカーの〇〇というシリーズにしたい。因みにネットで調べたら、材料費と施工費はだいたい〇〇円くらいで、これに工務店さんが〇%くらいピンハネするのが相場と書いてあった。だからだいたい〇〇円くらいでやってもらえると思うけど、それ以下でどこまで下げられるか考えて次回の打ち合わせ時に提示して下さい」なんて宿題を出し、次の打ち合わせで「マジすかぁ、ちょっとピンハネ分が高くないですかぁ」「いやウチも最低限の儲けを出す必要があるんで・・・」みたいなギリギリの交渉をやって、次を決めて行く。今の時代は本当に全部の建具や材料の相場が細かいところまでネットで調べられるので、毎回打ち合わせまでに次の交渉のための情報を纏めておき、工務店にはノートPCを持ち込んで相場の調査結果を纏めた資料を提示しながら、営業マンに更にどこまで下げられるかを交渉した。内訳が素っ裸の状態で「要するにアンタのとこはどれだけピンハネするのか?」と毎回迫られるのだから、営業マンもたまったもんじゃなかったかもしれないけど、こっちも真剣だった。そして相手が腕のいい営業マンだと、交渉の駆け引きも楽しく、何十回も打ち合わせを重ねながら、僕はこの闘いを楽しんでいた。おかげでそれなりのグレードのものを、最低限の費用で取り付けることが出来た。その積み重ねが最終的に「高品質にして低価格」に繋がった。

 こんな感じでマイホームを建てた僕だが、普通は奥さんがアレコレと自分の夢を叶えるべくおしゃれな家づくりに熱心になるものだと聞いていたのに、ウチの家人は全く何も言わなかった。武家の娘である家人は僕より男前な性格で、「いいんじゃない、アナタがそうしたいと考えアナタが貯めたお金を使ってやるんだから好きにしな」くらいの勢いで、毎回、工務店との打ち合わせには付いて来るけど、いつも横でニコニコと僕と営業マンの闘いを見ているだけで、何も言わなかった。機能や耐久性やコストばっかり僕が話をしていて、この人は嫌じゃないのか?と思って、そのあたりを聞いてみたけど、「別にいいんじゃない」しか言わなかった。ん?ひょっとしてこの人はマイホームなんていらなかったのか?なんてちょっと訝しく思っていたくらいだ。

 住み始めて数か月たったころ、買い物から帰って駐車場に駐車していた車の中で、ポツリとそんな家人が言った。「私、この家が好き。病院じゃなくてここで死にたいと思うわ」

 なんだかすべてが報われた気持ちだったのを覚えている。僕は相当に運がいい人間なんだろなと思った。

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